城福監督はなぜFC東京では結果が出ない~三たび城福氏の登板はあるの?

絶好調のサンフレッチェ広島を撃破したFC東京。

サンフレッチェ広島の監督は、FC東京で2度監督を務め、2度途中解任になった城福浩氏です。

城福監督は、なぜFC東京では結果を出せず、サンフレッチェ広島では快進撃を続けているのでしょうか。

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城福監督ってどんな人なの?

城福浩(じょうふくひろし)氏は、1961年生まれの徳島県出身の方です。

選手時代は、川崎フロンターレの前身である同社サッカー部で、主にミッドフィールダーとしてプレーしています。

監督歴は1995年末の富士通川崎フットボールクラブの監督が最初です。

FC東京との関わりは深く、1997年に月に東京ガスサッカー部強化担当から勧誘を受け、FC東京の設立準備組織に参画しました。

1999年からはプロ化したFC東京で育成部門の統括に就きながら、日本サッカー協会に出向し、ジュニアユース・ユース年代の日本代表監督を歴任するなど、主に若年層の指導に当たります。

その後、2005年よりU-15、16、17の代表監督に就任し、2006年のAFC U-17選手権では12年ぶりの優勝を達成し、U-17ワールドカップ出場を掴みます。

FC東京では、2008年にトップチーム監督に就任し、攻撃戦術として「ムービングフットボール」を掲げ、パスを繋ぎボール保持率を高めるスタイルを植え付けます。

翌2009年にはナビスコカップを制し、チーム5年ぶり、自身初のJリーグタイトルを手にしましたが、翌2010年は、成績が振るわず途中解任されてしまいます。

2012年からはヴァンフォーレ甲府の監督として就任し、リーグ戦24試合不敗というJ2記録を打ち立てて、J2優勝とJ1昇格を達成しますが、2014年シーズンをもって退団します。

2016年に再びFC東京監督に就任し、マッシモ・フィッカデンティ前監督が築いた前年までの堅守をベースとしながら、攻守で主導権を握る戦い方を浸透させようとしましたが、思うような結果が残せず、シーズン途中で再び解任されてしまいます。

そして、今シーズンから、昨シーズン不調だったサンフレッチェ広島の監督に就任しています。

その後のサンフレッチェ広島の快進撃はご存じのとおりです。

城福監督はなぜFC東京では結果が出なかったの?

ヴァンフォーレ甲府をJ1に昇格させ、サンフレッチェ広島でも快進撃を続ける城福監督ですが、なぜ2度に渡るFC東京での指揮では途中解任になってしまったのでしょうか。

結論から言うと、組織というものはその時点でその組織の在籍するメンバーによって変わっていくものであるということです。

例えば「明治大学ラグビーの重量フォワード」と言っても、その時点で在籍する選手によってチームという生き物は微妙に変わってきます。

「監督主体」ではなく、「選手主体」にチームを作れる監督こそ、素晴らしい監督だといえるのではないでしょうか。

そういった意味からすると、「俺からパスサッカーを取ったら何も残らない」と言ってFC東京を去った城福氏ですが、ヴァンフォーレ甲府では「しっかり守ってすべてのパスをダヴィに集める」サッカーでJ2優勝したことは、まさしく、いる選手で戦うチームづくりと言えます。

結局失敗したかに見えた2016年の城福監督再招へいはボクにとっては「あり」だと思っていましたし、そういう意味ではフロントも、もっとチームづくりの中に入り込んで、何が課題でどうすればその課題解決ができたかをやりきるまで途中解任させたくなかったと感じています。

そもそも途中解任するということは、組織論的にはあまり好きではないと感じています。

FC東京は、2011年シーズンをJ2で過ごしますが、当初は目指すサッカーがわからなくなり、迷走します。

その後、5月のザスパクサツ群馬戦の敗戦後に、初めて選手だけで集まってミーティングをし、当時の大熊監督に「パスをつなぎ倒したい」と進言してパスサッカーのチームになったと言われています。

これは、その1年前に城福監督のもとでやっていたパスサッカーが活きたものではないでしょうか。

ですから、途中退任はされてしまいましたが、そのポリシーは立派に選手の中に生き続けていて、復活したということになります。

パスサッカーだった城福監督が、ヴァンフォーレ甲府ではパスサッカーをせず、いや正確に言えばパスサッカーができるメンバーでなかったのかも知れませんが、ダヴィにパスを集めて点を取るスタイルで、見事にJ1に昇格させました。

あれだけパスサッカーにこだわっていらっしゃった方が、いるメンバーで戦えるサッカースタイルで昇格したことで、おそらく城福監督の指導者としての幅は相当広がったと思います。

2回目のFC東京では、マッシモ前監督のもと、ディフェンスに関しては良くなってきましたが、点を取るスタイルが確立できず、守りはそのままにして点を取れるよう招へいしたと思っています。

結果的に解任されてしまいましたが、現在3年目になるマッシモ体制のサガン鳥栖が、点が取れずにもがいている様を見ると、マッシモ氏との契約延長をせずに城福氏を招へいしたのは正しい選択だったのではないでしょうか。

勝てなかった理由は一つではなく、たまたま2回とも途中解任という非常に苦労した結果になってしまいました。

だからと言ってどこへ行っても良くないかといえば、そんなことはないというのは、今のサンフレッチェ広島の快進撃を見れば明らかでしょう。

チームは生き物で、毎年変わります。

今の広島に城福監督のサッカーが合っているんだと思っています。


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城福監督の3度目の登板はあるの?

では、城福監督のサッカーがFC東京のサッカーと合うのか?いつのシーズンなら合うのか?ということになります。

少なくとも今は長谷川監督にすべてを託す時ですし、結果も出始めています。

ただ、今後何年か経てば、長谷川イズムもガンバ大阪と同じように思ったほどの効果が望めなくなる時がくるでしょう。

そのとき城福監督の再登板はあるとボクは思っています。

FC東京ファンは城福さんが好きなのですから…。

まとめ

ハリルホジッチさんが結局うまく行かなかったのは、自分のスタイルやプライドにこだわりすぎて、「選手主体」ではなく、「監督主体」のチームづくりをしてしまったからではないでしょうか。

ボクは待っています。

城福監督のガッツポーズでFC東京がシャーレを掲げる日を!

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